こんにちは。ろっさんです。
ビジネスの世界で「顧客を理解する」ことは、商品やサービスを成長させていく上で欠かせない土台となります。しかし、一言で「顧客理解」と言っても、その方法は多岐にわたりますよね。
多くの企業では、顧客を性別や年齢、居住地といった「属性」で分類する「セグメント」という考え方を用いてきました。しかし、同じ年代の同じ地域に住む人でも、抱えている悩みや求めるものは人それぞれで、画一的なアプローチではなかなか心に響かないこともあります。
そこで今回、本記事では、顧客の「属性」ではなく、顧客が何を達成しようとしているのか、どのような「状況」で、どんな「進歩」を求めているのか、そしてその過程でどんな「障害」に直面しているのか、という視点で顧客を深く理解するための考え方をご紹介します。
具体的には、まずJTBD(Jobs To Be Done)というフレームワークを使って顧客を理解する基礎概念から始めます。
次に、定性的な調査(インタビューや観察)と定量的なデータ(ウェブサイトのログや購買履歴など)をどのように組み合わせて、顧客の真のニーズ、つまり「洞察」を生み出すのか、その具体的な手順を解説していきます。
そして最後に、私たちが人間であるがゆえに陥りがちな、「都合の良い話だけを拾ってしまうバイアス」を避け、より客観的で確かな洞察を得るための設計についても触れていくことにしましょう。
JTBD(Jobs To Be Done)とは何か? 顧客が「雇用」したい「ジョブ」とは?
まず、「JTBD」という言葉からお話しします。「Jobs To Be Done」の略で、直訳すると「片付けられるべき仕事」となります。少し硬い表現ですが、これは「顧客が、ある特定の状況で達成したいと願う、本質的な目的や課題」を指す考え方です。
従来の「セグメント」が、顧客を「20代男性」「都内在住の主婦」といったデモグラフィック情報で捉えるのに対し、JTBDは「顧客が、特定の状況下で、ある特定の目標を達成するために、商品やサービスを『雇用』する」と捉えます。
例えば、あなたが部活動の帰り道、喉がカラカラで「何か冷たいものが飲みたい!」と思ったとします。この時、あなたが本当に「雇用」したい「ジョブ」は、単に「飲み物を買う」ことではありません。「激しい運動で失われた水分を補給し、リフレッシュしたい」とか、「友人と楽しい時間を過ごすための、共通の話題になるような飲み物が欲しい」といった、より深い目的があるはずです。
同じ「飲み物を買う」という行動でも、疲労回復が目的ならエナジードリンクかもしれませんし、友人と盛り上がりたいなら期間限定のユニークなジュースかもしれません。JTBDは、顧客の行動の背景にある、このような「本質的な目的」を明らかにしようとするものです。
「状況」「進歩」「障害」でジョブを定義する
JTBDを深く理解するためには、以下の3つの要素でジョブを定義することが有効です。
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状況(Situation):顧客がジョブを「雇用」しようと思った具体的なきっかけや背景です。いつ、どこで、どんな時に、どんな気持ちでいるのか、といった情報が含まれます。
先ほどの例で言えば、「部活動で汗をかき、喉がカラカラになった帰り道」がこれに当たります。
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進歩(Progress):顧客がそのジョブを完了することで達成したいと願う「より良い状態」です。身体的、感情的、社会的に、どのように改善されたいのか、という視点です。
「水分が補給されて身体が楽になる」「友人と会話が弾む」といった感情的な満足感や、社会的な承認欲求などが含まれるでしょう。
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障害(Obstacles):顧客がジョブを完了しようとする際に直面する、あらゆる困難や不満です。時間がない、費用が高い、使い方が分からない、といった具体的なものから、心理的な抵抗感まで様々です。
「持ち合わせが少ない」「自販機が遠い」「種類が多くてどれを選べばいいか迷う」といったことが考えられます。
これらの要素を深く掘り下げることで、私たちは顧客の行動の裏にある、より本質的なニーズや感情を理解できるようになるでしょう。
JTBDに基づく洞察を生み出す定性調査の進め方
JTBDの考え方を用いて顧客理解を深める上で、非常に重要な役割を果たすのが、定性調査です。これは、顧客と直接対話したり、行動を観察したりすることで、数値では表せない、生の声や感情、背景にある物語を拾い上げる調査方法を指します。
特にインタビューと観察は、顧客がどのような「状況」で、どんな「進歩」を求めていて、どんな「障害」に直面しているのかを肌で感じるための強力な手段となるでしょう。
インタビュー:顧客の「物語」に耳を傾ける
インタビューでは、単に「この商品についてどう思いますか?」と尋ねるのではなく、顧客の過去の経験や、商品を使うに至った背景にある「物語」を語ってもらうことを意識します。
具体的な質問の例としては、以下のようなものが挙げられます。
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「その商品(またはサービス)を初めて利用した時、どんなきっかけがありましたか?」
(状況を探る質問です。何に困っていたのか、何に不満を感じていたのか、その時の感情などを深掘りします。)
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「それまで使っていたものと比べて、何が『より良い』と感じられましたか? どんな風に生活が変わりましたか?」
(進歩を探る質問です。物理的な変化だけでなく、気分や気持ちの変化、周囲からの評価など、感情的な側面も引き出します。)
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「利用する中で、もし『こうだったらもっと良いのに』と感じたことがあれば教えてください。何か困ったことはありましたか?」
(障害を探る質問です。使いにくさ、値段、機能不足など、顧客の不満点や課題を具体的に把握します。)
これらの質問を通じて、顧客が何を達成したくて、何に不満を感じているのか、その根底にある「ジョブ」を明確にしていくことを目指します。インタビューの際には、話し手が自由に語れるように、質問はオープンエンド(「はい」「いいえ」で答えられない形式)にし、共感的に耳を傾ける姿勢が大切です。
観察:言葉にならない「ジョブ」を発見する
インタビューでは語られない「ジョブ」のヒントは、顧客の実際の行動の中にも隠されています。
例えば、店舗での買い物行動や、自宅での製品利用シーンを観察することで、「なぜこの棚の商品に手が伸びたのか」「なぜこの機能はあまり使われていないのか」といった疑問に対する答えが見つかることがあります。
観察を通じて、顧客自身も意識していないような無意識の行動や、言葉では表現しにくい感情的な側面を捉えることができるでしょう。
ケーススタディ:地域密着型スーパーC社の場合
ここで、具体的な例を挙げてみましょう。
地域密着型スーパーC社は、地元産の新鮮な食材や、手頃な価格帯の商品を提供し、地域住民の食生活を支えてきました。近年、共働き世帯や子育て世代の増加に対応し、新たな顧客層を取り込みたいと考えて、オンライン注文と自宅配送サービス(ネットスーパー)を開始しました。しかし、期待していたほど利用が伸び悩んでいます。
C社がオンライン注文・配送サービスの顧客に対してJTBDインタビューを実施したところ、以下のような「ジョブ」が浮かび上がってきました。
- 状況:「平日の仕事終わりにスーパーに寄る時間がないが、家族には栄養バランスの取れた手作りの夕食を食べさせたい。でも疲れていて、献立を考えるのも買い物に行くのも億劫だ。」
- 進歩:「新鮮な食材を使った手作りの料理を家族に提供し、健康を維持したい。買い物や献立のストレスから解放され、家族との時間を増やしたい。冷凍食品や外食ばかりで罪悪感を感じる状態から脱したい。」
- 障害:「仕事が終わるのが遅く、スーパーの閉店時間に間に合わない。疲れているのに、仕事帰りに重い荷物を持って帰るのが大変。ネットスーパーは送料が高い、品揃えが限られている、届くまでに時間がかかり、鮮度が心配。また、献立を考える手間は変わらない。」
このインタビューから、顧客が「単に食材を買う」というジョブだけでなく、「多忙な日常の中で、家族の健康と食卓の質を維持しつつ、買い物や献立準備の負担を軽減して心のゆとりを得たい」という、より深い感情的・機能的なジョブを抱えていることが見えてきます。オンライン注文と配送サービスを利用する理由は、単なる利便性だけではなく、「日々の生活の質向上と、心のゆとり」としての価値を求めていることが明らかになったと言えるでしょう。
このような洞察が得られれば、C社は単に商品のラインナップを増やすだけでなく、「忙しい毎日を支える食のソリューション」という文脈でのサービス改善(例えば、ミールキットの充実、栄養士監修の献立提案と食材セット販売、時短レシピの提供、指定時間配送の拡充など)を検討する方向へと進むことができるでしょう。
JTBDに基づく洞察を深める定量データ分析の活用
定性調査で顧客の「ジョブ」の輪郭が見えてきたら、次にその洞察を補強し、広げ、あるいは新たな視点をもたらすために定量データを活用します。
定量データとは、ウェブサイトのアクセスログ、アプリの利用履歴、購買履歴、顧客情報データベースなど、数値として計測できるデータのことを指します。これらのデータは、顧客が「何を」「どれくらい」「いつ」行ったか、という客観的な事実を示してくれるでしょう。
定性調査で見えた「ジョブ」の仮説を定量データで検証・深掘りする
定性調査で得られた「ジョブ」に関する仮説は、少数の顧客へのインタビューに基づいているため、それがどれくらいの規模の顧客に当てはまるのか、あるいは特定の行動パターンと関連しているのか、といった点を定量データで確認することができます。
例えば、先ほどのC社の例で「多忙な中で、家族の健康と食卓の質を維持したい」というジョブが浮かび上がったとします。この仮説を検証するために、以下のような定量データを見てみることを考えられます。
- 購買データ:過去にミールキットや時短食材(カット野菜など)が購入された頻度や組み合わせ、購入者の属性(共働き世帯など)はどうか? 冷凍食品や惣菜の購入傾向と比べてどうか?
- ウェブサイトのログデータ:オンラインレシピや献立提案ページ、特定のミールキット商品ページへのアクセス数や滞在時間はどうか? これらのサービスを利用して購入に至った割合は?
- 顧客アンケート(もしあれば):「オンライン注文・配送サービスを利用する理由」に関する選択肢で「時短」「家族の健康」「献立の悩み解決」を選んだ顧客の割合はどうか?
もしこれらのデータから、ミールキットや時短食材の利用が多い、あるいはオンラインレシピや献立提案ページの利用と合わせて購入単価が高いといった傾向が見られれば、定性調査で得られた「ジョブ」が多くの顧客に共通するものである可能性が高いと判断できるでしょう。これにより、特定の「ジョブ」がビジネスにとってどれほどの重要性を持つのかを客観的に評価する材料が得られます。
定量データから新たな「ジョブ」の兆候を見つける
さらに、定量データは、まだ定性調査では気づけていない、新たな「ジョブ」の兆候を発見する手がかりになることもあります。
例えば、特定の時間帯に特定のページへのアクセスが急増している、あるいは、特定の商品の組み合わせで購入されることが多い、といったデータ上の異常値やパターンが見つかるかもしれません。
このような定量データから得られた疑問点や仮説を基に、改めて定性調査を行うことで、これまで見えていなかった顧客の「ジョブ」を発見できる可能性があるでしょう。
定性調査と定量データの統合による洞察の生成手順
真に価値ある顧客理解、つまり「洞察」は、定性調査と定量データのどちらか一方だけから生まれるものではありません。これら二つの異なる性質のデータを、相互に補完し合う関係として捉え、統合的に分析することで初めて、深く、そして多角的な顧客の姿が見えてくるでしょう。
ここでは、定性調査と定量データを統合して洞察を生み出す具体的な手順をご紹介します。
1. 定性調査でJTBDの仮説を立てる
まず、少数の顧客に対する深いインタビューや観察を通じて、顧客が抱える「ジョブ」の仮説を立てます。
この段階では、「顧客は〇〇という状況で、△△という進歩を求めているが、◇◇という障害に直面しているのではないか?」といった形で、具体的なJTBDの記述を作成することを意識します。感情的な側面や、顧客が語る「物語」を大切にしましょう。
2. 仮説を検証・深掘りするために定量データで見るべき項目を特定する
定性調査で立てたJTBDの仮説に基づき、「この仮説が正しいとすれば、どのような定量データにその兆候が現れるはずか?」と考え、分析すべきデータ項目を具体的に特定します。
例えば、「友人に特別な贈り物をしたい」というJTBDの仮説が立てられたなら、「ギフトラッピングオプションの利用率」「特定期間の贈答用商品の購入数」「リピート購入者のギフト購入履歴」といった項目が分析対象となるでしょう。
3. 定量データからパターンや傾向を発見し、定性調査の結果と照合する
特定した定量データを実際に分析し、どのようなパターンや傾向が見られるかを把握します。
その結果を、定性調査で得られた顧客の声や物語と照らし合わせ、「定性データで語られたことが、定量データでも裏付けられているか?」「あるいは、定量データは定性データとは異なる側面を示しているか?」といった視点で比較検討を行います。
4. 両者の情報を統合し、より深い洞察を生成する
定性データで得られた「なぜ」という深い理由と、定量データで得られた「何を」「どれくらい」という客観的な事実を組み合わせることで、顧客の「ジョブ」に関する、より洗練された洞察を生み出します。
例えば、「特別な贈り物をしたいというジョブは、特に若い世代の女性の間で顕著であり、彼らは購入時にメッセージカードと有料ラッピングをほぼ100%選択している」といった具体的な洞察が生まれるかもしれません。
この統合プロセスによって、単なる表面的な情報ではなく、顧客の行動と感情、そしてその背景にある本質的なニーズまでをも捉えることができるようになるでしょう。
バイアス(都合の良い話だけ拾う)を避ける設計
私たちが洞察を生み出す際、最も注意しなければならないことの一つが「バイアス」です。バイアスとは、人間が物事を判断する際に、無意識のうちに特定の方向に偏ってしまう傾向のことです。
特に「確認バイアス」は、自分の立てた仮説や信じていることを肯定する情報ばかりを集め、反対意見や反証となる情報を軽視してしまう傾向を指します。このバイアスに陥ると、都合の良い情報だけを拾い集めてしまい、真の顧客理解から遠ざかってしまう危険性があるでしょう。
では、どのようにすれば、このバイアスを避け、より客観的で信頼性の高い洞察を得ることができるのでしょうか。
多様なサンプルからの意見を聞く(定性調査)
定性調査においては、性別、年齢、地域といった属性だけでなく、商品の利用頻度や利用期間、利用目的など、様々なタイプの顧客から話を聞くことを心がけましょう。
一つの意見やストーリーに偏らず、複数の異なる視点から情報を集めることで、特定の意見が全体を代表しているという思い込みを防ぐことができます。
「反証」の視点を持つ
自分の仮説を証明しようとするだけでなく、「もし自分の仮説が間違っていたらどうだろう?」という視点を持つことが重要です。
インタビューの際も、「仮説とは異なる意見を聞いたらどうするか?」と事前に準備しておくことで、想定外の意見や、仮説を否定するような情報に対しても、積極的に耳を傾けることができるでしょう。
客観的なデータ(定量)を常に参照する
定性調査で得られた「物語」や「感情」が、全体の顧客層にどの程度当てはまるのか、常に定量データで裏付けを取るようにします。
定量データは、感情や主観が入り込みにくいため、定性的な解釈が本当に客観的な事実に基づいているのかをチェックする、貴重な基準となります。もし定性的な洞察と定量データが食い違う場合は、安易に一方を優先せず、その食い違いの原因をさらに深掘りする機会だと捉えるべきでしょう。
複数の人が洞察生成プロセスに関わる
一人で全ての分析を行うのではなく、複数のチームメンバーが関わり、それぞれの視点から意見を出し合うことで、個人のバイアスが特定の結論に偏るのを防ぐことができます。
異なるバックグラウンドを持つメンバーが議論することで、より多角的でバランスの取れた洞察が生まれることが期待できるでしょう。
「顧客はこう考えているはずだ」という思い込みを捨てる
最も大切なのは、「顧客はこうに違いない」という自身の先入観や思い込みを常に疑う謙虚な姿勢です。顧客の言葉や行動の裏にある真意を理解しようと、常に好奇心と探求心を持って臨むことが、バイアスを乗り越える第一歩となるでしょう。
まとめ
顧客を深く理解することは、ビジネスの成長にとって不可欠な要素です。従来のセグメント分析だけでは見えにくかった顧客の本質的なニーズを捉えるために、JTBD(Jobs To Be Done)というフレームワークは非常に強力な視点を提供してくれるでしょう。
「どのような状況で、どんな進歩を求めていて、どんな障害に直面しているのか」というJTBDの考え方を軸に、定性調査(インタビューや観察)で顧客の生の声や物語を深く掘り下げ、そして定量データ(ログや購買履歴)でその仮説を検証し、全体像を把握する。
この二つのアプローチを統合することで、私たちは単なる情報ではない、真に価値ある「洞察」を生み出すことができるようになります。
そして、この洞察が私たちの思い込みや偏見に左右されないよう、常にバイアスを避けるための設計を意識することが大切です。多様な意見に耳を傾け、客観的なデータを参照し、「反証」の視点を持つことで、より確かな顧客理解へと繋がるはずです。
顧客が本当に何を解決したいのか、どんな未来を望んでいるのか。その「ジョブ」を深く理解し、それに寄り添うサービスを提供していくことが、これからの時代に求められる、顧客中心のビジネスを築くための鍵となるでしょう。

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